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1 フクシマウイルス 【2】

「木谷美織は、もう姉妹じゃない。協会から排斥されました。あの愚かな女は、ニコル会長が主催した神聖な楽園実験の盗撮映像をマスコミに流そうとしたのです」

「マスコミに楽園実験の映像を……」

「それだけではありません。木谷美織は、使徒会議のメンバーの命を取り除く目的である計画を進めていたことが、聖霊の導きにより明らかになりました。あの女は、生物工学の知識を悪用し、フクシマウイルスの遺伝子を操作してさらに毒性を高めたウイルスの開発を協会の実験施設で行なっていました」

フクシマウイルス――このウイルスが最初に発見されたのは、福島第一原発の事故による緊急避難で放置された家畜の豚と、福島の山林に生息していた野生の猪の間に生まれた猪豚からだった。このことからメディアは、発見されたウイルスを「フクシマウイルス」と呼ぶようになった。この呼び名は、日本政府の再三に渡る名称不使用の要請にも関わらず、いつしか日本国内も含めて世界中のメディアで定着していった。

フクシマウイルスは強い毒性を持つウイルスで、感染力も非常に高かった。感染が拡大した当初は、日本国内でも多数の死者が出た。フクシマウイルスの感染は中国や韓国、台湾、フィリピンへと拡大し、WHO(世界保健機関)は、フェーズ6を発動し、パンデミックを宣言した。

だがこの危機は、フクシマウイルスに対抗する非常に効果的なワクチンが生成されたことで、一気に終息へと向かった。フクシマウイルスワクチンと名付けられたこのワクチンは、従来からある季節性のインフルエンザワクチンを改変したもので、その生成方法は匿名の化学者により複数の製薬会社に同時に送られてきた。

臨床実験でその効果が確認されると、ワクチンの製造と接種は急速に進められた。ワクチンの接種は強制ではなかったが事実上義務化され、現在では日本人の9割を超える人間がこのワクチンを接種している。

こうした危機のさなかアニマ聖書冊子協会は、フクシマウイルスワクチンの接種を拒否するように信者を指導していた。フクシマウイルスワクチンはヒトES細胞を使用して製造されているから、というのがその理由だった。感染拡大を防ぐため、一度に大量のワクチンを製造することになった製薬会社では、ワクチン製造のごく一部の製品にヒトES細胞を使用していたのだ。ヒトES細胞は、受精した卵子を破壊して取り出した細胞によって樹立される。卵子が受精した時点で生命は誕生していると教える教団では、ヒトES細胞を利用したワクチンの使用は、「自分の命を守るために他者の命を奪う殺人行為に加担するもの」だと断罪した。

「人殺しから生まれたワクチンの接種を拒否するという高い聖性を保っているわたしたちの信仰心を、あの女は突こうとしたんです。しかし、そんな暴挙をアニマ神が許すはずはない。アニマ神は、わたしたち使徒会議のメンバーをきちんと保護してくださいました」

生物工学が何をするものなのか、以前、木谷美織に聞いたことを優羽は思い出す。――生物工学はね、神が創った生命の設計図を研究して、新しい命を生み出す科学なのよ。

「それが、彩翔とどういう関係があるのですか?」

「聖霊はまた、木谷美織が単独で犯行を行なっていたのではなく、あるグループを形成して進めていたことも示唆してくれました。木谷美織の所持していた盗撮動画に映っていた楽園実験はね、伊丹兄弟。ニコル会長が里見彩翔に施した楽園実験だったのです。ニコル会長が楽園実験に使っている部屋は、盗撮などできないように常に厳重に管理されています。それなのに盗撮が行なわれた。おかしいとは思いませんか? 誰が実行犯かは、明らかでしょう?」

優羽の顔色が変わった。

「でも誰か、別の参加者が……」

「おやおや、伊丹兄弟は使徒会議のメンバーを疑うのですか? もっともこのときの楽園実験は、ニコル会長と彩翔の二人だけで行なわれたものでしたがね」

もしそんな嫌疑がかけられているとしたら、彩翔は命さえ危ない。聖ステファノ・セントラル病院を使って「排斥」という名目で、教団が内部の人間を粛清していることは優羽も知っていた。彼らは神の名のもとに、誰かの曖昧な証言や状況証拠だけで仲間を謀殺する。

「安心してください、伊丹兄弟」と、優羽の恐れを察したかのように梅川は隠微な笑みを浮かべた。

「わたしたち使徒会議は、こうした事件を起こした人物から事情を聞き、真相を明らかにしなければなりません。時には、厳しい処断を下さなければならないこともあります。それは、わたしたちがアニマ神からその世話を託された多くの羊たち、アニマ聖書冊子協会の兄弟・姉妹たちの霊的安全を守るためなのです」

リビングに戻ってきたトキタが「準備ができました」と梅川に告げた。声を立てて梅川が笑う。

「でもね兄弟。わたしたち聖霊によって選ばれた使徒会議の人間は、ただことの真相を明らかにして処罰するだけでなく、事件に関与した人間の魂さえ救済する義務をアニマ神から負っているのです。悔い改めの実を付けようとする彩翔のような者を見放すことは、決してありません。さあ、今回の楽園実験は、伊丹兄弟のために二つのプログラムを用意しました。楽しんでください。行きましょう。地下礼拝室へ」


(つづく)


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